抹茶が足りないから、手摘みに戻せばよいのか
一度失われた「お茶摘みさん」は、簡単には戻らない
抹茶不足が続く中、「手摘みに戻せばよいのではないか」という声を耳にすることがあります。
しかし、一度失われた茶摘みの担い手は簡単には戻りません。
今回は宇治茶産地の現状をもとに、その理由を考えてみます。

抹茶ブームが続いています。
私も去年から月に一度休めるかどうか、といった忙しさがずっと続いています。
国内だけでなく、海外でも抹茶の需要は急速に伸び、宇治の茶産地では原料となる碾茶の確保が大きな課題になっています。
そして今年も需要過多により市場の価格は上がってしまいました。
また近々値上げせざるを得ません。。。ごめんなさい。
昨年以降、茶農家や製茶問屋からは、これまで当たり前に仕入れられていた抹茶が足りない、必要な数量を確保できない、という話を聞く機会が増えました。
そこで今年、とある大きな茶問屋が、茶農家に対して次のような注文を出したと聞きました。
「今年は機械刈りではなく、手摘みにしてほしい」
茶が足りないから、少しでも多く収穫したい。
その判断だけを見れば、合理的に聞こえるかもしれません。
しかし、現場の農家にとっては、そう簡単な話ではありません。
機械刈りと手摘みでは、収穫できる範囲が違う

茶園で使われる一般的な機械刈りは、茶畑の上面を均一に刈り取ります。
生け垣に使うバリカンのようなものを使って一気に刈り取るのです。
短時間で効率よく収穫でき、最低二人いれば作業できることが大きな利点です。
一方、手摘みでは、摘み手が茶の樹を見ながら、上面だけでなく横に伸びた新芽も摘み取ることができます。
茶園や仕立て方によって違いはありますが、丁寧に手で摘むことで、機械では拾いにくい芽まで収穫できる場合があります。
つまり手摘みの方が抹茶の原料となる葉を多く収穫できるのです。
茶が不足している今、少しでも収量を増やしたい茶問屋が、この手摘みを求める理由は理解できます。
ただし、手摘みには人手が必要です。
数年前には「機械刈りにしてほしい」と言われた
私が宇治の茶農家から直接聞いた話です。
抹茶需要が今ほど強くなかった数年前、茶問屋から農家へ、
「たくさん持ってきてもらっても買い切れないので、手摘みではなく機械刈りにしてほしい」
という趣旨の話があったそうです。
手摘みで多く収穫されても、茶問屋側がすべてを買い取れない。
そのため農家は、人手をかける手摘みを減らし、少人数で作業できる機械刈りへ移行していきました。
当然ながら、それまで働いていた摘み子さんとの契約も減っていきます。
毎年お願いしていた人に、来年からは来てもらわなくてもよいと伝える。
そうして、長年かけて築かれてきた摘み子さんのつながりが、少しずつ失われていきました。
ところが抹茶ブームが到来し、今度は茶が足りない。
すると今年は、
「機械刈りではなく、手摘みに戻してほしい」
という話が出てきた。
需要が落ちたときには機械化を求め、需要が戻れば収穫量の多い手摘みを求める。
しかし、一度離れた人材は、都合よく戻ってきてはくれません。
摘み子さんの中には、手摘みを続ける別の茶農家さんへ移ってしまった人もいます。
摘み子さんは、需要に合わせて増減できる部品ではない
抹茶が足りないから、手摘みに戻せばよい。
そんなに簡単な話ではありません。
摘み子さんは、需要に合わせて増やしたり減らしたりできる部品ではないからです。
茶摘みの時期は、主に4月下旬から6月初旬までです。
一年のうち、必要とされるのはごく短い期間です。
しかも茶の芽は、待ってはくれません。
成長しすぎる前に摘まなければならないため、農家が忙しい時期は一斉に重なります。
「5月の数週間だけ働いてほしい」
「天候や茶葉の成長に合わせて来てほしい」
「早朝から作業してほしい」
現代の雇用環境で、この条件に合う人を毎年安定して確保することは簡単なことではありません。
かつては地域の主婦や近隣住民が、一日を通して茶摘みに入ることも珍しくありませんでした。
愛知県の西尾市などでは「学校茶摘み」という独特な行事がああリ市内の小中学校5000人くらいが茶摘みをします。
「特別活動(勤労体験学習)」という正式な授業の一環なのですが、茶摘みをしてくれるという一方で労働力の搾取という声も昨今は聞こえるようになり、
学習の遅れを心配する保護者の声はないとは言えないそうです。
とはいえ現在は共働き世帯が増え、短期間だけ茶摘みに参加できる人は減っています。
ベテランの摘み子さんが一人引退すれば、同じ作業量を補うために、複数の新人が必要になることもあります。
さらに、手摘みは誰でもすぐに同じようにできる仕事ではありません。
どの芽を摘むのか。
どの程度まで伸びた芽を残すのか。
枝を傷めず、次の生育につなげるにはどう摘むのか。
長く続けてきた人には、手の感覚と経験があります。
私も毎年茶摘みの現場を取材しますが、ベテランさんのスピードは新人さんと比べれば桁違いです。
つまり人数だけを集めれば解決する問題でもないのです。
応募が増えても、問題が解決したわけではない

京都新聞は2026年5月、宇治市内で「お茶摘みさん」への応募が増えていると報じました。
宇治市や茶の生産組合が、お茶摘みバンクの設置、求人チラシの配布、紹介動画の制作などに取り組み、新しく茶摘みに参加する人が増えた茶園もあるそうです。
抹茶への関心が高まったことも、応募増加の背景にあると考えられています。
これは明るい動きです。
私が5月2日に取材に行った宇治市の「宇治新茶 八十八夜茶摘みの集い」では今年は例年以上の応募がありイベント参加の抽選倍率が高かったそうです。
茶摘みという行事に関心を持つ人が増え、実際に現場へ入ってくれることは宇治茶の未来にとって重要なことです。
しかし、記事でも指摘されているように、地域差は大きく残っています。
市街地に近い茶園では応募が集まっても、交通の便が悪い山間部では人材確保が難しい。
農家が摘み子さんを送迎し、食事やおやつまで準備して、ようやく人を確保している茶園もあります。
応募が増えたというニュースだけを見て、
「茶摘みの人手不足は解消した」と考えるのは早すぎます。
抹茶ブームの負担は、誰が引き受けるのか
抹茶ブームによって、茶の価格は上がりました。
茶農家にとって、これまで低く評価されてきた碾茶の価値が見直されることは、決して悪いことではありません。
適正な価格が支払われ、農家さん一人ひとりが生産を続けられる環境が整うことは必要です。
しかし、需要が増えたからといって、茶畑も、人も、石臼も、すぐに増やすことはできません。
茶問屋が必要とする数量を増やすために、農家へ手摘みを求める。
けれども、その人材を確保し、教育し、送迎し、食事などを用意し、現場を回すのは農家です。
数年前に機械化を求められた結果、失われた人のつながりを、再び築き直すのも農家です。
抹茶ブームによって利益を得る人がいる一方で、その急激な変化への対応を誰が引き受けているのか。
私たちは、その点まで考える必要があります。
一杯の抹茶の向こうには、人の手がある

手摘みの抹茶が、すべて機械刈りより優れているという単純な話ではありません。
機械刈りにも、生産を継続するための大切な役割があります。
限られた人数で茶園を守るためには、機械化は欠かせません。
一方で、高品質な茶を育て、適期の芽を選びながら摘む手摘みには、人の技術と経験が必要です。
そのどちらを選ぶかは、茶園の環境、目指す品質、販売価格、人手、買い手との関係によって決まります。
大切なのは、需要が増えたから手摘み、需要が減ったから機械刈りという一時的な都合だけで決めないことだと私は感じます。
茶農家が長期的に人を雇い、技術を伝え、安心して茶園を続けられる仕組みがなければ美味しい抹茶は作り続けることが出来ません。
一杯の抹茶ができるまでには、畑の草むしりをしながら茶を育てる人がいます。
芽を摘む人がいます。
碾茶に加工する人がいます。
石臼で挽く人がいます。
私たちが口にする抹茶は、決して突然生まれるものではありません。
抹茶ブームの華やかさの裏側で、産地がどのような負担を抱えているのか。
専門店として、私はその現実も伝えていきたいと思っています。
美しい緑色や、甘い香り、濃厚な旨味だけではなく、その一杯を支えている人の存在まで知っていただくこと。
それもまた、抹茶を扱う者の役割だと考えています。
執筆者
成沢 崇
京都アンテナショップ丸竹夷 店主。
宇治茶・抹茶専門店として、宇治の茶農家や製茶問屋と対話を重ねながら、国内外のお客様へ抹茶をご紹介しています。
日々さまざまな抹茶を試飲し、その土地ならではの個性や背景をお伝えすることを大切にしています。
※ECサイトに移動します。
執筆者
成沢 崇
京都アンテナショップ丸竹夷 店主。
宇治茶・抹茶専門店として、宇治の茶農家や製茶問屋と対話を重ねながら、国内外のお客様へ抹茶をご紹介しています。
日々さまざまな抹茶を試飲し、その土地ならではの個性や背景をお伝えすることを大切にしています。




