本物の抹茶を、誰が決めるのか
抹茶の国際的な定義と、製造元に存在しない茶銘。二つの出来事から、抹茶という名前と、その背景にある製法・産地・信用について考えます。
国際標準と、祥玉園に存在しない「謎の茶銘」
世界的な抹茶ブームが続いています。
2026年の市場相場も昨年の1.5倍となり6月以降各社値上がりが続いています。
海外のカフェやスーパーマーケット、オンラインショップを見れば、「MATCHA」と書かれた商品を至るところで目にするようになりました。
日本のお茶がこれほど世界に広がったことは、素直に喜ばしいことです。
2024年前半までは、まさかこんな状況になるとは思いもしませんでした。
しかし、抹茶という言葉が広がるほど、「そもそも抹茶とは何なのか」
という、根本的な部分が曖昧になりつつあります。
粉末にしたお茶という意味で抹茶なのだと思いますが、粉末茶と抹茶は同じ茶でも全くの別物です。
抹茶は、単に緑茶を細かく粉にしたものではありません。
覆下栽培によって日光を遮って育てた茶葉を蒸し、揉まずに乾燥させて碾茶にし、その碾茶を石臼などで非常に細かく挽いたものです。

食料や農業に関する研究開発を行う日本機関の農研機構が中心となってまとめた国際的な技術報告書「ISO/TR 21380:2022(抹茶の定義に関する技術報告書 )」でも、遮光栽培、碾茶の製造、石臼等による微粉末化といった工程が、抹茶をほかの茶種と区別する重要な特徴として示されています。(ISO)
海外のお客様に簡潔に説明するなら、次のようになります。
Japanese matcha is made from shade-grown tencha leaves, steamed and dried without rolling, then finely ground in Japan.
「日本の抹茶は、遮光栽培された碾茶の葉を蒸し、揉まずに乾燥させ、日本国内で細かく挽いて作られます」
ここで大切なのは、粉であることではなく、粉になるまでの工程です。
粉末緑茶は、抹茶ではない
写真の左が当店の宇治抹茶、右が粉末緑茶です。
この違いは別のコラムでも書いていますので詳しくはそちらをご覧ください。
>>コラム:【茶専門店が比較】その緑の粉は、本当に抹茶ですか?
同じ緑茶であっても、製造工程も、香りも、旨味も、舌触りも異なるものです。
そのため、煎茶を細かく粉砕した「粉末緑茶」は、本来の意味での抹茶ではありません。
日本の場合、回転寿司で見かけるのが粉末煎茶です。
あれは抹茶には程遠い味ですよね。みなさん緑茶と認識して飲んでいると思います。
ところが、国や市場によっては明確な表示基準が十分に整っておらず、粉末緑茶や、粉末緑茶を混ぜた商品まで「MATCHA」として流通する余地があります。
緑色の粉であれば抹茶。
ラテに入っていれば抹茶。
日本風のパッケージであれば抹茶。
そうした理解のまま、本来の抹茶を一度も知らずに、
「抹茶とは苦くて、青臭くて、砂糖やミルクを大量に加えて飲むものだ」
と思っている海外の方も少なくありません。
これは、単なる品質の違いではありません。
抹茶という名称と、その名称が本来示していた製法や文化が、少しずつ切り離されているということです。
日本が定義づくりから退いたとき
現在のISO/TR 21380は、強制力を持つ国際規格ではなく、将来の国際規格づくりの基礎となる技術報告書です。
農林水産省は国際標準戦略の中で、日本が抹茶の定義をめぐる議論に適切に関与し続けなければ、本来の価値が損なわれ国際市場で名称を自由に使えなくなる可能性があると警告しています。(農林水産省)
そんな馬鹿なことがとお思いになるかもしれませんが、これは決して大げさな話ではありません。
国際規格は、各国の法律そのものではありません。
しかし、その定義が輸入基準、食品表示、認証制度、業務用取引の条件などに採用されれば市場において大きな影響力を持ちます。
こんな事が起こってほしくないですが、たとえば他国が、
「粉末状の緑茶はすべて抹茶である」
「一定割合の粉末煎茶が混ざっていても抹茶である」
という基準を主導し、それが国際的な商取引の基準になったとしたら、日本がこれまで伝統を守り育ててきた抹茶の製法は数多くある製法の一つに埋もれてしまいます。
加えて、日本の伝統的な製法と異なる条件が国際基準になれば、日本の正規の抹茶が輸出先で不利な扱いを受ける可能性もあります。
つまり、抹茶という名前を誰が定義するのかは、単なる言葉の問題ではありません。
日本の茶業がこれまで数百年の間、積み重ねてきた技術と文化、そして将来の市場を誰が守るのかという問題が抹茶の定義付けなのです。
祥玉園に存在しない「謎の茶銘」
この問題を考えていたところ、当店にはここ数日、海外のお客様から同じような問い合わせが続きました。
2026年7月25日の深夜にInstagramにも投稿しましたが、京都府京田辺市の茶舗・祥玉園のとある抹茶についてです。
日本だけでなく海外の方から「祥玉園の『○○土の昔』はありますか?」
という問い合わせでした。
しかし、そのような茶銘の抹茶は、祥玉園の正式な商品として存在しません。
当店に取り扱いがないというだけではありません。祥玉園の社長にも直接確認しましたが、祥玉園でも認識していない茶銘でした。
祥玉園の公式オンラインショップに掲載されている抹茶には、瑞祥、祥玉、千代昔、初昔、豊昔、泉の白など、それぞれ正式な茶銘があります。(祥玉園製茶オンラインショップ)
それにもかかわらず、国内外の何処かの店舗で祥玉園の商品として、祥玉園が命名していない茶銘の商品が紹介または販売されているようです。
それを見かけた人、飲んだ人が美味しかったから当店で買えないかと連絡が来たというわけです。
(鮮やかな色と甘みのある高級抹茶)
(Premium matcha with vibrant color and a sweet flavor)
A smooth, delicious cup with little bitterness.
(風味と苦味がしっかりした「加工用抹茶」)
(“Matcha for Processing” with a rich flavor and distinct bitterness)
A cup with a punch that holds its own against milk and sugar.
なぜ、そのようなことが起きているのでしょうか。
販売店が独自に名前を付けたのか。
別の商品が誤って紹介されているのか。
容器を詰め替えた商品なのか。
祥玉園の名前を無断で使用しているのか。
あるいは、模倣品なのか。
現物と販売経路を確認できていない以上、原因を断定することはできません。
ただし、祥玉園の社長と話をしていて分かったこととして、少なくとも現段階では、
祥玉園が製造し、正式に命名した正規商品であることを確認できない抹茶です。
製造元である祥玉園自身が知らない茶銘の商品が、「祥玉園の抹茶」として海外で認識されている。
これは非常に不思議であり、同時に見過ごすことのできない問題です。
(鮮やかな色と甘みのある高級抹茶)
(Premium matcha with vibrant color and a sweet flavor)
A distinguished creation bearing the Shogyokuen name.
名前だけが、産地や茶舗から離れていく
国際市場における抹茶の定義と、祥玉園に存在しない茶銘。
規模は違いますが、二つには共通する問題があります。それは、
名前が作り手から切り離され、独り歩きしていることです。
抹茶という名称だけが使われ、碾茶から作られているかどうかが分からない。
ましてやどこで作っている抹茶なのかも分からない。
茶舗の名前だけが使われ、茶舗自身が知らない茶銘の商品が販売される。
名前が信頼の証ではなく販売するための装飾になってしまえば、消費者は何を基準に商品を選べばよいのか分からなくなります。
特に海外のお客様にとっては、日本の商品名やパッケージに書かれた情報を信じるほかありません。
それは私たち日本人が海外製品を買うのと同じことです。
一度、正規品ではない商品を購入してしまえば、その味がそのままその人の印象となります。
「祥玉園の抹茶とは、こういう味なんだ」
「日本の抹茶は、この程度のものなんだ」
そういう評価につながってしまいます。
被害を受けるのは購入者だけではありません。
長い時間をかけて品質と信用を築いてきた茶舗、生産者、産地の評価まで損なわれます。
正規取扱店で購入するということ
当店で現在取り扱っている祥玉園の抹茶は、加工用抹茶一点を含めて九種類です。
いずれも祥玉園に実際に赴いて、直接仕入れて、正式な茶銘と商品情報を確認したものです。
祥玉園に限らず、人気の高い抹茶を購入する際には、製造元の公式販売店、または製造元から商品を仕入れている正規取扱店を選ぶことを強くおすすめします。
価格の安さや、珍しい茶銘であることだけを理由に購入するのではなく、
- 製造元の公式商品として確認できるか
- 販売者の会社情報が明記されているか
- 仕入れ元や原産地について説明できる店か
- 商品画像やラベルに不自然な点がないか
を確認することも大切です。
販売店を見極めることは、最終的には購入者自身を守ることにつながります。
その一方で、販売する側にも正しい抹茶を届ける責任があります。
私たちも、ただ商品を並べるだけではなく、正しい製法や流通経路、現在市場で起きている問題を伝え、安心して購入していただける環境を整えていかなければなりません。
抹茶という名前を守るために
抹茶という言葉を守ることは、名称を独占することではありません。
遮光栽培を行い、碾茶を作り、細かく挽くという製法。
茶師が原料を選び、合組し、味を整える技術。
茶舗や生産者が積み重ねてきた信用。
そして、購入する人が正しい商品を選べる環境。
それらを、Matchaという名前の中に残していくことです。
抹茶が世界に広がった今だからこそ、私たちは改めて問わなければなりません。
本物の抹茶を、これからどの国の誰が決めるのでしょうか。
そして、抹茶という名前に宿ってきた価値を、誰が守っていくのでしょうか。










