海外の抹茶で「Tomato Vine」を見つけた
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スペシャルティコーヒーの先に、抹茶の未来が見えてくる
抹茶を単なる伝統の飲み物ではなく、産地や品種、個性を味わう嗜好品として捉え直したとき、 スペシャルティコーヒーの世界からどのようなヒントが見えてくるのか。 今回の記事につながる視点をまとめた前編です。
先日、Amazonの海外市場向けカテゴリー分析を眺めていたところ、アメリカで販売されている抹茶ブランドが目に入りました。
その商品ページを開くと、写真の見せ方も、言葉の選び方も、日本の茶舗とはかなり異なります。
そこにあるのはまさにスペシャルティコーヒーやワインのような味の表現でした。
そのなかで、特に気になったのが次の表現で、
Tasting Notes
Tomato Vine・White Chocolate・Umami
日本語に訳すと、
トマトのツル・ホワイトチョコレート・そして旨味
そう書いてあります。
抹茶の説明として「トマトのツル」と書かれているのを、私は初めて見ました。

それを最初に見たときは、表現方法に驚きました。
アメリカ人はトマトのツルを食べるのだろうか、と一瞬考えましたが、もちろん、ここでいう「Tomato Vine」は味そのものではありません。
トマトの茎や葉に触れたときに立ち上がる、青く、少し刺激的で、ハーブのような香りを指しているようです。
私も気になってスーパーマーケットで房付のトマトを購入して、実際にツルを触ってみると、
他の野菜や果物に比べて特有の青臭さが際立った香りをしています。
日本のトマトと外国産のトマトは品種の違いもあると思うので、この香りが海外の方の言うトマトのツルと同じイメージなのかは分かりません。
そう考えると、「Tomato Vine」は海外の誰にでもすぐ伝わる言葉というより、ワインや園芸の文化のなかで育った、ある種の専門的な共通語なのかもしれません。
私は多くの種類の抹茶を飲んでいますが、ここまでの青臭さを感じることはありませんでした。
アスパラガスやそら豆の表現は納得する時があるのですが、トマトのツルは少し尖りすぎた表現だと思います。
「トマトのツル」は、誰にでも伝わる香りなのか
そこで色々と調べてみると、トマトのツル「Tomato Vine」という表現は、海外の人が抹茶のために作った奇抜な言葉ではありませんでした。
ワインのテイスティングでは、「Tomato Leaf」や「Tomato Vine」といった言葉が、青く、少し鋭く、ハーブのような植物香を表すために使われます。
そして、「Tomato Leaf」はトマトの葉、「Tomato Vine」は茎やツルを指します。ただ、どちらもトマトの苗に触れたときに立ち上がる、独特な青い香りを表している点では共通しています。
そして調べてみると、英語圏ではファーマーズマーケットなどで房付きのままのトマトが販売されており、トマトを「果実」だけでなく植物全体のイメージで語る文化があります。日本だと房付のトマトというのはあまり売っているのを見ることがなく、上の写真のトマトも長野県の産直に行った際に偶然見かけたものでした。
日本ではミニトマトはほとんど房から切り離されて販売されていますが、欧米では房や葉を残したまま売られるトマトがかなり一般的なようです。
とはいえ欧米でも房付きトマトを買う人すべてが、その青い香りを覚えているわけではないでしょう。ただ、日本よりはトマトのツルや葉に直接的に触れる機会は多そうです。
園芸をする人の文章では、葉や茎に触れた手に残る香りを「夏の記憶」として語る例もあります。近年はトマトの葉をモチーフにした香水やキャンドルまであるみたいです。
ワインでは、果実の甘い香りだけでなく、葉、茎、草、土、皮革、香辛料など、飲んだ人が感じた印象を、具体的な物の名前に置き換えて表現します。
「トマトの葉」という言葉も、トマト味のワインという意味ではありません。
青く、少し鋭く、みずみずしい植物の香りを、日常の中で目にすることのあるトマトの葉へ重ねているのでしょう。
強すぎれば未熟な印象になることもありますが、適度であれば、爽快さや新鮮さ、複雑さとして評価されます。
つまり、「トマトのツル」は必ずしも否定的な表現ではありません。
味や香りを、誰かと共有するための欧米独特の比喩です。
ケニアのコーヒーは、本当にトマトのような味がするのか
この前のコラムにも書きましたが、私は名古屋のスペシャルティコーヒー店で、ケニアの豆を使ったエスプレッソを飲みました。
舌を刺すような、鮮烈な酸味に驚いたのを覚えています。
日本人のロースターのなかにも、
「ケニアのコーヒーは、本当にトマトのような味がする」
と表現する人がいます。
スペシャルティコーヒーでは、単に「苦い」「酸っぱい」「香ばしい」と言うだけではなく、何に似た酸味なのか、どのような果実なのか、どのような植物の青さなのかを、できる限り具体的な言葉へ置き換えようとします。
World Coffee Researchの官能評価用語集も、コーヒーの風味や香りを共通の言葉で理解し、測定するための道具として整備されています。
ケニアのコーヒーから感じる強い酸味や青み、果汁感、時には旨味を伴うような印象が、飲む人によってはトマトやトマトの茎を連想させる。
実際にトマトと同じ味が含まれているというよりも、口のなかで起きた複雑な感覚を、最も近い記憶へ結びつけているのだと思います。
抹茶は、そもそも茶の木の葉である
では、抹茶から「トマトのツル」のような香りを感じることは、本当にあるのでしょうか。
抹茶は、茶の木の葉から作られています。
トマトも茶も植物です。
若い葉を折ったときの香り。
茎を潰したときの青さ。
枝葉を刈った直後に立ち上がる、湿り気を含んだ青い植物の匂い。
そこに「トマトのツル」と共通するような感覚があっても不思議ではありません。
化学的研究によれば緑茶には、Cis‐3‐ヘキセナールやCis‐3‐ヘキセノールなど、青葉を思わせる香りに関係する成分が含まれています。これは「青葉アルコール(Leaf alcohol)」とも呼ばれていて、研究でもこれらの成分は「green leafy」「herbal」といった青い香りとして説明されています。
ただ、抹茶の香りはそれだけで決まるものではなくとても複雑な香りを実際は纏っています。
品種、被覆期間、摘採時期、蒸し、乾燥、火入れ、石臼挽き。
さまざまな条件が重なり、一つの香りになります。
そして品種の合組(ブレンド)によりその香りは幾重にも重なるのです。
加熱によって生まれるピラジン類という成分があるのですが、
これは茶葉を乾燥や火入れする工程でアミノ酸と糖が反応して生まれる香ばしい香り(火香)の成分です。
宇治ではこの火香が控えめで鹿児島など九州地方はやや火香が強めの印象があります。
この香りはコーヒーやお米などにも含まれる成分で心を落ち着かせるリラックスさせる働きがあります。
抹茶の場合は他に宇治抹茶を表すのによく使われる海苔のような香りがあります。これはジメチルスルフィド(DMS)という揮発性成分で、日光を遮ることで生まれる覆い香(おおいか)として品質の高い抹茶や玉露に現れます。
したがって、
抹茶とトマトのツルは、同じ香りである
と断定することはできません。
しかし、欧米の人が抹茶の青く力強い植物香を嗅ぎ、比較的身近なトマトの葉を思い出すこと自体は、決して不自然ではないのでしょう。
「バターをまとわせた蒸し青菜」という、おくみどり
同じように、海外の先鋭的なティーショップで、宇治抹茶にも用いられる品種「おくみどり」が、次のように表現されているのを見かけました。
Freshly steamed buttered greens・Floral・Balanced
蒸したての、バターをまとわせた青菜。花のような香り。そして調和の取れた味わい。
これも、私にはすぐには想像できない表現でした。
おくみどりには、比較的まろやかで角が少なく、穏やかな青みを感じるものがあります。
しかし、それを「バターをまとわせた蒸し青菜」と言われると、私のなかにあるおくみどりの印象とは、少し異なる情景が浮かびます。
青菜という言葉は理解できます。
茶葉も植物ですから、蒸した葉物野菜のような青みや、温かく湿った香りを連想することはあるでしょう。
バターという言葉も、脂肪そのものの味ではなく、
- なめらかさ
- 厚み
- 丸い口当たり
- 乳脂肪を思わせる甘い香り
を表しているのかもしれません。
けれども、その「buttered」が香りを指しているのか、舌触りを指しているのか、あるいは旨味を含めた全体の印象なのかは、短いテイスティングノートだけでは分かりません。
私自身、おくみどりを飲んで、
「蒸したての、バターをまとわせた青菜だ」
と感じたことはありません。
むしろその言葉からは、実際の抹茶以上に、油脂感の強い濃厚な味わいを想像してしまいます。抹茶の質感を伝えるための比喩なのでしょうが、日本人の感覚には少し距離のある表現にも思えました。
同じ抹茶を前にしても、暮らしてきた食文化が違えば、浮かぶ言葉もここまで変わるのかと驚きます。
日本と海外では食文化が異なるのでテイスティングノートは一緒になることは難しい気がします。
「これは夏休みに親が切ってくれたスイカの皮の香りだ」
と書けば、日本人にはセミのなく夏にジリジリとした太陽が照りつける中、櫛形に切ったスイカがテーブルに並べられている絵が想像できます。
そしてその時のスイカな皮の独特な青い香りと言えば私たちは想像つきやすいのではないでしょうか。
このように日本人はイメージしやすい情景も、海外で通じるのかと言われれば不確かです。
少なくとも日本人の間でおくみどりを飲んで蒸したての、バターをまとわせた青菜だと言われても
ピタリと当てはまる言葉には思えません。
前にタイに住む親戚に言われたのですが、日本人は物事の余白を汲み取る傾向があるが海外では具体的に説明しないと通じないと聞かされたことがあります。
・日本では、説明されていない余韻を読む文化が強い
・海外のテイスティング文化では、曖昧な感覚を具体的な比喩に変える傾向が強い
この違いは大きいのではないかと思います。
私は日本で育ってしまったので海外のようなテイスティングノートで表現することは苦手です。
「旨味」のなかに、すべて含まれているのではないか
最初に見た、
Tomato Vine・White Chocolate・Umami
という三つの言葉の並びにも、少し考えさせられました。
日本人は、抹茶のまろやかさ、甘み、コク、青い香りまでを、まとめて「旨味がある」と表現することがあります。
しかし、厳密には旨味は味覚です。それも分かっていながら「旨味がある」という表現にまとめるときがあります。
Tomato Vineは主に香りの連想であり、White Chocolateは甘く乳脂肪感のある香りや、舌で感じるなめらかな質感の比喩でしょう。
海外のテイスティングノートでは、
- 何のような香りがするか
- 舌でどのような味を感じるか
- どのような質感があるか
- どのような余韻が残るか
を分けて記述しようとします。
(抹茶の場合、点てる分量でかなり変わるので分量の基準を定めておかないと伝わり方が変わるのですが、海外ではどうしているのか私は分かりません。)
そう考えれば、
Tomato Vine
White Chocolate
Umami
を並べる理由は理解できます。
ただし、言葉を細かく分ければ分けるほど、必ず正確に伝わるとも限りません。
「トマトのツル」を知らない人には、何も浮かばない。
「バターをまとわせた蒸し青菜」と言われれば、実際以上に油脂感の強いコッテリとした抹茶を想像する人もいるでしょう。
具体的な言葉は、味を説明するだけではありません。
飲む前から、味の感じ方を方向づけてしまう力も持っています。
味の先入観が強くなってしまうのもどうかなと思うのですが、海外ではその方が良いのでしょうか。
日本では、抹茶を「旨味が深い」「覆い香がある」と表現し、その言葉の奥にある感覚を飲み手が汲み取ることがあります。
一方、海外のテイスティング文化では、その曖昧な感覚を「トマトの茎」「ホワイトチョコレート」「バターをまとわせた青菜」といった具体的な記憶へ置き換えようとします。
これはどちらが深く、どちらが浅いという話では決してありません。言葉にしない余白を共有する文化と、感覚をできる限り言語化して共有する文化。その違いが、抹茶の味の表現にも現れているのでしょう。
ワインやコーヒーの言葉を、そのまま抹茶へ持ち込めるのか
海外の抹茶市場では、ワインやスペシャルティコーヒーの文化を思わせる表現が増えています。
産地
品種
収穫年
生産者
テイスティングノート
抹茶を、単なる伝統の飲み物ではなく、一つの農産物、一つの嗜好品として細かく味わおうとしているのでしょう。
そしてスペシャルティコーヒーのような表現に合せていっているような気がします。
これは、とても興味深い流れです。
日本では長く、
- 旨味がある
- 渋味が少ない
- 香りがよい
- 濃茶向き
- 薄茶向き
といった言葉で抹茶を伝えてきました。
10言わずに2や3くらいを言って残りの7を自身で感じてもらう。
一方、ワインやコーヒーの世界では、
- トマトの葉
- ホワイトチョコレート
- 蒸した青菜
- 花
- 柑橘
- 石果
- ナッツ
といった、具体的な景色が浮かぶ言葉を使います。
ただ、ワインやスペシャルティコーヒーの言葉を、そのまま抹茶へ移せばよいのでしょうか。
私は、そこには少し疑問があります。
抹茶には、抹茶として積み重ねられてきた感覚があります。
覆い香
火香
青み
海苔のような香り
ナッツのような香り
旨味
渋味
後口
それらをすべて捨てて、
Tomato Vine
White Chocolate
Buttered Greens
と置き換えてしまえば、抹茶を分かりやすくするどころか、かえって本来の輪郭から遠ざけてしまう可能性もあります。
大切なのは、海外で使われている言葉を借りることではありません。
とはいえ禅(ZEN)の精神のような掴みづらい表現もふさわしくないと思います。
目の前の抹茶を実際に飲み、何を感じたのか。
その感覚を、相手が持つ食文化や記憶へ、どのように翻訳するか。
そこに、これからの抹茶の伝え方があるのだと思います。
日本の抹茶をより伝わりやすくするためのテイスティングノートの開発というものを、今回のコラムを書きながら進めていこうと思いました。
なるべく早いうちにこれに関しては実行に移っていこうと思います。
味は、記憶のなかにある言葉で表される
同じ一杯の抹茶を飲んでも、日本人は「覆い香がある」と言い、海外の人は「トマトの葉のようだ」と言うかもしれません。
ある人は「まろやかな旨味」と言い、別の人は「バターをまとわせた蒸し青菜」と言うかもしれません。
どちらかだけが正しく、どちらかが間違っているとは言い切れません。
もちろん、すべての味を細かく言葉にしなければならないわけではありません。
一杯の抹茶を飲み、素直においしいと感じることもまた、味わうことの本質です。
そのうえで、誰かにその感覚を伝えようとしたとき、私たちは初めて言葉を必要とします。
口のなかで感じたものに近い記憶を探し、
これは、以前に嗅いだあれに似ている
これは、食べたことのあるあの味に近い
と、別のものへ置き換えて伝えています。
テイスティングノートとは、その人が過去に何を食べ、何を嗅ぎ、どのような場所で暮らしてきたのかが現れる言葉でもあります。
そう考えると、「トマトのツル」という一見奇妙な表現も、海外の人が抹茶の青さを理解し、自分たちの言葉で捉えようとした痕跡に見えてきます。
そして「バターをまとわせた蒸し青菜」という言葉も、私には思いつかなかった、おくみどりの別の見方なのかもしれません。
抹茶の味を表す言葉は、まだ完成していない
以前、スペシャルティコーヒーを飲んだことで、産地や品種、精製方法による違いを楽しむ文化が見えてきました。
今回、「トマトのツル」という言葉を見つけたことで、今度は味そのものではなく、
抹茶の味を、どのような言葉で伝えるのか
という新しい問いが生まれました。
海外の表現を、すべて正しいと受け入れる必要はありません。
日本の伝統的な表現だけに閉じこもる必要もありません。
驚き、違和感を持ち、実際に飲み、考え、表現する。
この積み重ねによって、抹茶を伝える言葉も少しずつ豊かになっていくのでしょう。
抹茶の味を世界へ伝える言葉は、まだ完成していないのです。
抹茶のテイスティングノート、2026年中に発表できるよう進めていきます。
薄茶用ですがラテとしてもおすすめ
Uji matcha with a perfect balance of umami and astringency.
品種:やぶきた
(Stone-ground matcha made from Kodakami tea)
Made from Yabukita, Japan’s most widely cultivated tea variety, it offers a gentle aroma, balanced umami, and a clean finish.
(風味と苦味がしっかりした「加工用抹茶」)
(“Matcha for Processing” with a rich flavor and distinct bitterness)
A cup with a punch that holds its own against milk and sugar.



